デス・オーバチュア
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「久しぶりに帰ってみれば…………」 ダイヤモンド・クリア・エンジェリックは、自分の屋敷の床に埋め込まれたオーバラインを見下ろしていた。 「一撃……しかも、派手に外側から破壊したように見えて、実は内側から光輝で『灼き消し』ている……」 見た目の外傷は打ち砕かれた腹部だけ、それだけのダメージなら本来オーバラインは機能停止などしない。 体内の部品を殆ど『消された』ために壊れたのだ。 「こんなことができるのはあの方だけですわね……」 小さな嘆息を吐くと同時に、ダイヤの左手が一瞬発光してブレる。 「…………」 次の瞬間、ダイヤの左掌の上には小さな金属片がのっていた。 ダイヤは左手をグッと握り締めると、右手を眼下のオーバラインに向ける。 「星光昇天(スターライトアセンション)」 黄金の光輝の円柱がオーバラインを呑み込んで天へと昇っていった。 「光と共にお逝きなさい……」 ダイヤが背中を向けると、光柱は静かに消えていく。 光輝が完全に消え去った後には、オーバラインは髪の毛一つ、ネジ一つ残さずにこの世から消滅していた。 タナトスはクリスタルレイクで一人佇んでいた。 「…………」 湖面に映るのは冴えない(暗く沈んだ)自分の顔。 「……何を……やっているんだ、私は……?」 彼女はナイトバードに魂殺鎌を折られてから、今日までのことを思い返していた。 敗北と失態の繰り返し、あるいは蚊帳の外。 目的だった神柱石もいつの間にかルーファスが一人で入手していた。 極東で成したこといえば、ガイ・リフレインの師匠(ディーン)に稽古をつけてもらったことぐらいである。 「くっ……」 あまりにも情けない、ひたすら惨めだ。 「魂殺鎌がないだけで……私はここまで弱く……駄目になってしまうのか……?」 両手で持った黄金の大鎌を強く握り締める。 極東の土産にディーンから貰った物だ。 竜牙兵(スパルトイ)に折られたのと同じ、それなりに丈夫なだけのただの大鎌である。 『ええ、駄目駄目ね……』 「なっ!?」 湖面に映るタナトスの瞳が黒から青に変わり、眼差しのきつさが増した。 『上……馬鹿が来るわ……』 青い瞳のタナトスは、本物のタナトスの模写をやめ、空を指差す。 「えっ?」 直後、天から赤い流星が湖に降った。 湖面を荒らし、その中心に降り立ったは、血のように赤い髪と瞳をした青年。 青年は、赤いジャケット、黒シャツ、青いジーパンといった、とてもシンプルでラフなファッションをしていた。 「どこに辿り着くかと思えば……空に浮かぶ島かよ?」 赤毛の青年は周囲を見回し、湖の傍で呆然と立っているタナトスに気づく。 「おい、そこの女、年代物の白衣を着た金髪の小娘を知らねえか? 生意気そうで偉そうな……」 尋ねながら青年は、湖面を『歩いて』タナトスに近づいてきた。 「…………」 「ああ? 黒ずくめで大鎌? 死神?……浮島……おい、ここってクリアか?」 「そうだが……」 「で、お前はタナトス?」 「……なぜ、私の名を……」 「……そうか、そういうことかよ、がはははははははははははははっ!」 青年は傑作だとばかりに馬鹿笑いする。 「……名前ぐらい名乗ったらどうだ……?」 タナトスはいつでも攻撃に移れるような警戒態勢をとっていた。 「ああ、悪い悪い……俺はカイン・テレートス、アルコンテス十二獣星『天秤宮(カイナン)』のカイン……」 青年は馬鹿笑いを止めると、楽しげにそう名乗る。 「あるこんてす、じゅうにじゅうせい……語呂が悪い……」 「ほっとけ! なんなら十二星とでも勝手に略せ!」 カインは空高く跳躍し、タナトスを跳び越えた。 「要は獣帯を司る十二のアルコーン(支配者)……とだけ覚えておけ」 「獣帯の支配者……?」 タナトスとカインは互いに向き直る。 「まあ、所詮はただの肩書きだ、ファントム十大天使とか、クリフォト・テンツとかと同じな……」 「ファントム十大天使だと……まさか、貴様は……」 「『前』は一度も直接面(つら)を合わせずに終わったな……ファントム十大天使第五位峻厳のゲブラー・カマエル……それが俺様の昔の肩書きと名だ!」 カインの全身から弾けるように真っ白な闘気が放たれた。 「なっ……」 「さてお喋りはこれくらいにして始めるか?」 「何故と聞くだけ無駄か……」 何を始めるつもりなのかは聞くまでもない。 戦い、戦闘、殺し合いだ。 「ああ、無駄だ。殺り合うことに理由なんてねえからな」 「…………」 予想通りの返答。 目の前に居るのは、常に血に飢えている獣だ。 食欲や睡眠欲のように、戦いたいから戦う、殺したいから殺す……ただそれだけなのである。 「本能のままに生きるケダモノ……」 「はっ! 言ってくれるじゃねえかっ!」 「ぐっ!?」 目の前にカインの顔が現れたと思った瞬間には、腹部に拳を打ち込まれていた。 タナトスは湖の上を滑るように吹き飛び、反対側の岸へと叩きつけられる。 「おいおい、そんなあっさり吹き飛ぶなよ、白けるじゃねえか」 カインは一歩で湖を跳び越え反対側の岸へと着地した。 「それは悪かったなっ!」 タナトスは姿を見せるなり、大鎌をカインの首へと迷わず振り下ろす。 「はっ……なんだそりゃ?」 カインはその場を一歩も動かず、避ける素振りも見せず、タナトスの大鎌に無防備な首を晒した。 「くっ……?」 大鎌の刃は、カインの首を切り落とすことも、傷一つ付けることもできずに、ただ接触し静止している。 「ふんっ!」 カインが全身に力を入れると、首に接触していた大鎌の刃が粉々に砕け散った。 「つまらねえな……神剣はどうした? 闘気の薄膜一枚切れない玩具に用はねえよ」 「闘気……」 よく見ると、カインの全身が極薄の白い闘気の幕で覆われている。 大鎌の刃は実際はカインの肌には届いておらず、闘気の薄膜で遮られていたのだ。 「俺(ゲブラー)を殺した闘気(力)が……今では俺(カイン)の闘気(力)……」 全身を包んでいた白い闘気の薄膜が気流と化し、右拳だけに集束していく。 「笑える皮肉だなっ!」 「あああぁっ!?」 カインは膨大な白光を纏った拳をタナトスに炸裂させた。 タナトスは両手を胸の前で交差して拳の直撃こそ防いだが、その凄まじい衝撃によって森の中へと吹き飛んでいく。 「くらいな、生まれ変わった我が拳……真なる神の一撃を……ゴォォォッドブレイカァァァァッー!」 突きだされたカインの拳から、神々しい白き閃光が解き放たれた。 「あん?」 白き閃光が消え去ると、タナトスが吸い込まれていった森の前に一人の女性が立っていた。 「てめえか……邪魔をしたのは……?」 タナトスを追撃するために放たれた白き閃光(ゴッドブレイカー)は、森の前で何かに遮られ、強制的に消去されたのである。 「…………」 その何かが……突然現れたこの女性であることは状況から考えてまず間違いなかった。 「へっ、嫌な感じの女だな……」 光り輝く金髪……赤紫のリボンで左右に長いテールを結いながらも、腰まで余裕で届く長い後ろ髪。 瞳は赤ほど禍々しくなく、紫ほど妖しくない、神秘的(ミステリアス)な赤紫、スラリとした長身の十九歳ぐらいの女性だ。 黒のロングワンピースの上に、赤紫で縁取られた純白のロングコートを羽織っている。 襟元のネッカチーフとスカート裾のラインは赤紫色、指ぬきの手袋とロングブーツは服と同じ黒色だった。 「…………」 金髪の女性は、何の構えも取らず、両手を下げて自然体で立っている。 「まあいいさ、てめえが何者だろうが、俺様の前に立ちはだかるなら敵だ……敵は力ずくで蹴散らすだけだっ!」 カインの全身から爆発的に白い闘気が放射された。 「一撃で消し飛ばしてやるぜっ!」 白い閃光と化したカインが、金髪の女性へと迫る。 「光輝剣(ライトヴェスタ)……」 「死にやがれっっ!」 カインの右拳が金髪の女性を真っ正面から打ち抜いた。 「ああ〜?」 「…………」 正面衝突したはずだった。 だが実際には、手応えが無く、カインは金髪の女性をすり抜けた恰好で立っている。 「お望みの神剣だ……」 金髪の女性の左手には、いつの間にか光り輝く白銀の剣が握られていた。 「ああん? なんだ……とおおおおおぉぉっ!?」 突然、カインの右腕が肩口から切り落とされ、鮮血が噴き出す。 「腕が!? 俺様の腕があぁぁ!? てめええぇぇっ!」 カインは怒りの形相で振り返り、左拳を振りかぶった。 「ゴォォッド……う!?」 白光の闘気が集まろうとしていた左手が肘から切断される。 「やはり真っ二つにしておくべきだったか……」 金髪の女性は白銀の剣をゆっくりと振りかぶった。 「消え……」 『Asmodeus』 静かな女の声が響き渡り、カインと金髪の女性の間で赤い光が爆発する。 「がああっ!?」 「…………」 カインは爆発で吹き飛ばされるが、金髪の女性は爆発より一瞬速く自ら後方に飛び離れていた。 「…………」 金髪の女性は湖の上に立ちながら、視線を空へと向ける。 「っ!」 空から赤い光の矢が降り、湖面に接触すると赤い光の大爆発を巻き起こした。 金髪の女性は爆発の直前に跳び離れているが、彼女を追うようにさらなる赤い光矢が飛来する。 「しっ!」 物凄い速さで迫る赤い光矢を、金髪の女性は白銀の剣で叩き落とした。 「魔力の矢……射撃地点は……」 金髪の女性は目を細め『遠方』を凝視する。 「そこかっ!」 湖の向こうに拡がる森、その中で最も背の高い大木の天辺で、黒ずくめの修道女が大弓を構えていた。 「はっ!」 気合いと共に白銀の剣が一閃されると、光輝の刃が解き放たれ、遙か遠方の修道女へと飛んでいく。 しかし、光輝の刃が到達した時には大木の上には誰もいなかった。 『Mammon』 「……がああっ! なんだこりゃああっ!?」 「…………」 声のした方に視線を向けると、鎖で雁字搦めにされたカインの姿が見える。 カインを捕縛する鎖は、虚空に発生した黒い亀裂から生えていた。 「うおおおおおおおおぉぉぉぉっ……!?」 鎖が高速で引き戻され、カインの姿は黒い亀裂の中へと吸い込まれていく。 カインが完全に呑み込まれると同時に、黒い亀裂は始めから無かったかのように綺麗に消失した。 『Belphegol!』 金髪の女性の背後、湖の中から、槍と斧と鉤爪が合体したような長柄武器を持った修道女が飛び出してくる。 「砕っ!」 「くっ!」 振り下ろされた斧刃と、白銀の剣刃が轟音を響かせて交錯した。 「……つあああっ!」 金髪の女性は互いの武器が交差した状態から、力ずくで斧刃を……修道女を空へと弾き飛ばす。 「まさかこちらが力負けするなんて……流石は伝説の勇者ね……」 弾き飛ばされた修道女は、空中で体勢を立て直し、静かに片足から湖に着地した。 「…………」 金髪の女性は無言で剣先を修道女へと向ける。 「やれやれ、死神の手助けにきたはずが……英霊様から愚者を助けることになろうとは……」 「ベリアル、また勝手に……」 修道女の手の中から長柄武器が消えると、入れ代わるように彼女の背後に赤い神父が出現した。 「悪魔か……それもかなり高位の……」 金髪の女性は一目で赤い神父の正体を看破する。 「なにしがない悪霊だ、彼女持つ武具の化身に過ぎない……」 赤い悪魔は謙遜した発言をしながらも、その態度はやけに偉そうというか、堂々としていた。 「…………」 金髪の女性は剣を向ける先……警戒の対象を修道女から赤い悪魔へと移す。 「おっと怖い怖い……では、消される前に消えるとしよう」 赤い悪魔は肩をすくめると、姿を薄れさせて消えていった。 「挑発だけして消えないで欲しいわね……」 赤い悪魔が完全に消えると、修道女の手の中に漆黒の大鎌が現れる。 「一応名乗っておくわ……私は処女宮(サバオート)のエレクトラ……エレクトラ・エトランゼ……」 「……セリア……ただの亡霊だ……」 「謙虚なのね……まあ、今世に不要という意味では……あなたも私も同じようなものかしら……」 「…………」 「…………」 セリアとエレクトラは無言で互いの武器(得物)を構えた。 「っぅぅ……」 タナトスは痛む両手を引きずるようにして、森の中を歩いていた。 折れてこそいないようだが、骨にヒビぐらいは入っているだろう。 「なぜ、追撃がない……?」 いや、追撃はあったのかもしれない、吹き飛んでいく時、白い閃光が見えた。 「情けない姿ですね」 「うっ!?」 何の気配もなく背後に生まれる声。 「父……コクマ……」 振り返ると、タナトスの育ての父親であるコクマ・ラツィエルが立っていた。 「少しばかりパワーアップしたとはいえ、ゲブラーさん如きに手も足も出ないとは……情けないにも程がありますよ」 「そう? アレ結構強いわよ……まあ、頭は悪そうだけど……」 コクマの隣に控えていた金髪の和風メイドが口を挟む。 「お前は……あの時の……?」 「ええ、久しぶりね。あの時は嫦娥(こうが)と名乗ったけど、この姿の時は月黄泉(つくよみ)と呼んで頂戴ね」 「月黄泉……?」 目の前の女は髪形や服装こそ変わっているが、間違いなく極東で自分を倒した剣士(刀使い)だ。 「まあ、どちらにしろ仮初めの名ですよ。彼女の本当の名は……」 「お喋りは嫌いよ」 いつの間に抜刀したのか、水気を帯びた極東刀の刀身がコクマの喉元に突きつけられている。 「これは失礼しました」 コクマはゆっくりと指で刀身を押し戻すと、横へ数歩移動した。 「ふん、我が前を塞いで戯れるな」 月黄泉とコクマの間に生まれた空間に、緋色の女(ラスト・ベイバロン)が現れる。 「誰……だ……?」 「……出来損ないか……」 ラスト・ベイバロンは赤く燃える太陽の右目で、蔑むようにタナトスを見下していた。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |